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To know deep emotion 2013.05.28


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このごろは食べ物に感動することが多い。

感動することの大切さみたいなものを改めて認識している気がする。


下にぼくが最近感動した2種類の果物を紹介する。





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①アメリカンチェリー


アメリカンチェリーって実はいろいろ種類がある。
この前、うちの店にビング種という品種が入荷した。

ぼくはこのビング種がアメリカンチェリーの中で一番好き。
晩生種で大粒。甘みが強いのが特徴。

多分、一般の消費者の人はそこまで品種なんて意識せず買い物を
していると思う。


パックに移しながら、パクパクとつまみ食いをすると(ごめんなさい!)、
めっちゃくちゃ甘い。濃厚。


大げさだけど、「今年も出合えてよかった」って思った。






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②石垣サンゴパパイヤ


天満屋に行った際、見つけた。
見た目のおもしろさに「何だこれはっ!!!!」って驚くとともに、
値段にも驚いた。1玉1,000円。(高いっ)

でも買った。
だってかわいいんだもん。


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帰って切ってみると、こんな感じに鮮やかな果肉が顔を出した。

また驚いたのだけれど、種が無い!
種が無いパパイヤなんて初めてだった。





papaya2.jpg

その後ブロックカットにして、庭に自生しているミントを添えると
パパイヤのトロピカルな色合いに、緑がとっても爽やかな印象を与えてくれた。
見ているだけで気持ち良かった。




papaya3.jpg

そしてレモン汁を軽くかけていただいた。

今までパパイヤのイメージって僕の中で「とっても不味い」だった。
だから、実はそんなに味を期待していなかったのだけど、
これは違った。

甘いし、見た目の派手さとは違って、おしとやかな甘さ。
驚いた!美味しい!


こんなパパイヤもあるんだ、って思った。
しかも日本に。

食べてて嬉しくなった。





papaya1.jpg



”感動を知ること”


感動することが、実はすごく体にいいんだって最近思う。

映画でも、音楽でも何でもいい。
ぼくにとっては、野菜と果物がとても身近だから、野菜や果物。

感動を知ることで、自分がどんどん内側からキレイになっていっているような、
そんな気がする。

もちろん食べ物で涙を流すほどの感動、というものはないんだけれども、
なんだかワクワクすることが多い。ワクワクって、いい。



何でもない日常だけど、感動を周りに散りばめられるときっとステキだと思う。

感動を知ることを忘れず生きていたいと思う。




ではまた。


あたまのなか / このごろ 2013.05.28


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(スーヨーきゅうり。漬物にすると歯ごたえが全然いつものきゅうりと違って美味しい。)



今日で岡山も梅雨入り。

季節の移り変わりというのは本当に早い。
いつもこの時期は一年が半分も過ぎようとしていることに驚く。


ここ最近の頭の中を文字に残しておく。






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(赤ピーマン。ビタミンC含有量が野菜の中でトップ。)


2週間前ぐらいだろうか。
仕事で思いがけないことがあって前までのぼくだったらきっと落ち込んでたと思うのだけれど、
たまたまそのころツイッターで目にした言葉に明らかに救われた。

その言葉っていうのが

" Sometimes your plans don't work out because God has better ones. "
 (ときどきあなたの計画はうまくいかない。だけどそれは神様がもっといい道を与えてくれているっていうこと)

というもの。


この言葉を見たとき、はっとした。
あぁそうなんだと妙に納得した。悟ったといってもいいくらい。


人生なんて思い描いたとおりにはうまくいきやしない。
ぼくはNZにいるときそれを身をもって体験した。
がんばってるのになんでこんなことになっちゃうんだろう、と思った。

でもそれは神様が「まだおまえは日本ですることがあるだろう。」って言ってくれてたんだと
この言葉からそんな風に解釈することができた。
ある意味ポジティブすぎるような考え方なんだけど、
この考えを持っていると自分にとって不幸だと思えることに遭っても最近はへっちゃらになった。
「おっ、じゃあこうやって乗り越えてやるか!」みたいな。
実際、日本に帰ってきて学ぶことがたくさんあった。
今は本当に帰ってきて良かったと思っている。


言葉ひとつでこんなにも強くなれるものなのかと感動した。





だからたとえば恋人を失った人とか、仕事がうまくいかない人とか、
そんな人たちにこの言葉を思い出して欲しい。
うまくいかないときこそ、本当に学ぶべきものを学べる機会だと思うから。





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(皮を剥いたびわ。宝石みたいに美しかった。)


最近は、仕事の合間や夜に野菜ソムリエ(といっても3階級ある中の一番下のクラス)の勉強をしている。

去年の12月くらいにDVDで学べる教材を頼んだものの、
言い訳ながらなかなか仕事が忙しく手を付けることができなかったので、
「ここらへんでちゃんとしなきゃ!」と思い同僚のおばちゃん(?)に「勉強する宣言」をした甲斐もあり、
ちゃんと勉強することができている。
学ぶことは非常に楽しいということを再確認する良い機会になっている。


もちろん今までまがいなりにも野菜と果物のお仕事をさせていただいているので
知っている内容もけっこうあるのだけれど、それでも知らないことに出合う楽しさというのはかけがえのないものだと思う。興味のある内容であれば尚更。




試験を受ける日もようやく決めた。
締め切りというものがあると、やっぱり助かる。勉強が捗るから。
ボーダーラインを引くのはうまく生きるコツだなぁと思った。






lemontomato1.jpg
(レモントマト。酸味がレモンそのものでびっくりした。)


ここ数年、ぼくは読書に傾倒しすぎていたので、人間的な活動(?)が疎かになっているように最近よく感じる。
たとえば僕にとってだけど

・ゲイの人が集まるところに行く
・友人とご飯を食べる
・もっと一日の間に笑う

とかそんな普通のこと。(人と触れ合うっていうことか。書いてて気付いた笑)
そこを怠っていると人間的魅力がどんどん失われるような気がしている。


もちろんそんな今までの自分に後悔こそないんだけれど(ぼくはそういうさなぎのように何かを蓄える期間があってもいいと思う。良くいれば「何かを得るには何かを犠牲にしないといけない」みたいな。)
でももうちょっとバランスよく生きることができたらなぁと思う。
不器用さは売りにも出来ないし、それは自分の意志で変えられることだから、もうちょっと人との触れ合いを大事にしないと
孤独を抱えたまま生きるのもしんどいぞ、と自分に訴える。

自分の頭の中も大切だけど、それと同じくらい周りの人を大切にしないと、
それは人間としてダメなんだろうなぁ。

反省、と、行動!



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(わらび。母にわらびご飯にしてもらった。日本の味。)


このごろは、思い通りにはいかないから生きる価値があるのかとも思う。
つまづいたらちょっと休めばいい。それから立ち上がって歩いていけばいい。
道は消えやしないから。

誰かに賛同されなくても、ずるい生き方だって言われても、人と違ったって、
今のぼくはぼくをちゃんと信じることができているから、
誰に何を言われても何も怖いものがなくなってきたところがある。


短い人生だから、残りも後悔のないように生きたいと思う。
ご飯じゃないけど、そうしてたらデザートみたいな嬉しいものが待ってる気がするから。



がんばるー。
ではまた。


シシリアンルージュトマトでガーリックソテー 2013.05.16


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調理用トマトというものがある。

上の写真もシシリアン・ルージュもそのひとつ。




日本のトマトは基本的に
赤系トマト」と「ピンク系トマト」に分かれるのだけれど、
知らない人は「ピンク系トマト??トマトだいたい赤いでしょ??」みたいに思われると思う。

実際そのとおりなんだけど(黄色やオレンジもあるけど)、一応
調理用トマトが「赤系」で、生食用トマトが「ピンク系」という区分になっている。


sisirian6.jpg

ぼくもここ最近まで知らなかったのだが、
生食用のトマトは木で完熟するとやわらかくなるそうで、
これはイコール商品価値が下がるということ。(スーパーでやわらかいトマトは見切り品に回ったりする)
逆に調理用トマトは木で完熟してもやわらかくならないそう。


これは同時に調理用トマトは栄養価が生食用のものよりとても高いとこを意味していて、
さらにこれも知られていないことだけど、通常のピンク系トマトは未熟の状態で収穫して
流通の過程で赤く熟しているのが大半なので、
木で完熟したものと栄養価は比べ物にならないと思われる。



手元のシシリアンルージュについての資料によると、
通常のピンク系大玉トマトと比べて

リコピンが約8倍
ペクチンがより豊富
ギャバ(y-アミノ酢酸が約2倍
うま味物質として知られているグルタミン酸(たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸の中の一つ)が約3倍

とかなり魅力的。

さらに
リコピン(美白効果があるといわれている)はオリーブオイルと一緒に摂取することで
吸収率が上がる

ので、調理するのが望ましい。





ということで、レシピを見ながらシシリアンルージュのガーリックソテーをつくってみた。







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最初に沸騰したお湯にトマトを入れ、その後湯剥きした。
爪でぷちっ、と切り込みを入れて軽く押してやると、ぷるんっ、と出てくるのが非常に楽しい。


その後それをたっぷりのオリーブオイル、スライスしたニンニク(多めに入れてみた)と塩で炒めたら完成。
簡単。






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炒めすぎていくつか実が崩れてスープみたいになったけど、気にしない。(何事も前向きに)

庭に生えている成長しすぎて固くなったイタリアンパセリを添えてあげるとかわいくなった。
ビビッドなカラーコントラストはいつだって素敵。






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ぼくは実家暮らしで母がいつも食事をつくるので、
正直久しぶりに料理(簡単すぎるけど料理と呼ばせてください)をしたのだけれど、
これからはもう少し手伝ってあげたいと思った。




先日の母の日と合わせて。
いつもご飯をつくってくれてありがとう、お母さん。









とりあえずキッチンがいまだにニンニク臭いのが今の悩み。(入れすぎた)

ではまた。

お母さんへ 2013.05.08


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今日は仕事から帰ってきたら、なんだか本が無性に読みたくなって(ジムも定休日だし)、
すぐに母がつくってくれていたご飯を食べて、お風呂に入って、それから「家族への夢」という本をもくもくと読んでいた。


小学生くらいの子から100歳を超えた人までが真剣に考えた「家族への夢」。
当然のことながら、親への感謝、家族がそばにいることのありがたみ等が書かれていた。
みんな人の子。親がいて、子がいることの事実を改めて認識させられた。



人間いつ死んでしまうかなんて分からない。
だからとりあえず母への気持ちをこのブログに今日書いておこうと思った。(今流行の「今でしょ?」的考えで。)
ぼくが先に死んだとき(ぼくはキューブラー・ロスの考えで死をさなぎから蝶になると解釈しているけど)、
なにかのきっかけで、見てくれるかもしれないと思ったから。




ちょっと恥ずかしいけど(いやほんとはだいぶ)、よかったら見てください。







お母さんへ


小さい頃の記憶って結構途切れ途切れで本当に印象に残っているものしか覚えていないのだけれど、
お母さんがぼくにしてくれた思い出みたいなものはけっこう覚えてるつもりです。
ぼくの記憶があるのはたぶん4歳ぐらいのときからで、
その頃の自分を客観的に考えるとやっぱり変わってて、手間のかかる子どもだったと思います。
心配ばかりかけたと思います。


たとえば、特にすることもないのに、友達と遊ぶのがなんとなくイヤで、ひとり家に閉じこもっているのが好きだったから、
よくお母さんには「友達に電話して遊ぶ約束しなさい。」と怒られたことを思い出します。
きっと引きこもりになるのを心配してくれていたんだよね。
そんなこととは露知らず、ぼくは嫌々友達に電話をかけていた。
実際遊べばすごく楽しいの分かってるのにね。
おかげでなんとか今、社会人として生活できているのだと思います。


あと、ぼくは折り紙が苦手中の苦手で、幼稚園でうまく折れなくてよく泣いてた。
これは今でもコンプレックスで、人の輪の中で、自分だけできないことがあるととても苦しくなる。
そんな僕とは正反対にお母さんは器用で絵がうまくて、よくドラゴンボールの絵を描いてくれたりした。
それがぼくの自慢だった。ぼくのために何かつくってくれることが嬉しかったんだと思う。
自慢のお母さん。


それと、星のカービィ事件。(と勝手に呼んでいる)
当時星のカービィが大好きだった僕は、いつもポケットに”小学一年生”みたいな雑誌に付いていた
カービィの付録を入れていた。大好きなものって、手放したくないでしょ。
ある日、ポケットにそれが入ったままぼくは知らずに自分のズボンを洗濯カゴに放り込み、
お母さんもそれを知らずに洗濯した。
その後ぼくは紙くずになったそれを見て公園かどこかで大泣きしたと思う。
「なんで洗濯しちゃったの、バカ」って。
本当に馬鹿な自分。だけどそれを「ごめんね、ごめんね。」とただただ謝ってくれた。
お母さんのせいじゃないのに。僕はすごく泣き虫だった。


食べ物の好き嫌いに関してはたくさん怒られた気がします。
ぼくにとって我が家の夕食の週に1回ぐらいは自分の好きなものがないときがあったと思う。
今思えば体のことを考えて、子育てに家事をしながら、一生懸命つくってくれた夕食。
それを見てぼくはよく「美味しくなさそう。食べたくない。」と言った。
一度それを聞いてお母さんが「もうあんたは食べなくていい!!!」とすごく怒ったときがあったの覚えてるかな。
あのときの僕にはお母さんの気持ちなんて考えてもなかった。
幼稚園か小学校低学年のときだと思うから仕方のないことかもしれないんだけど、今思い返すとなんだかくやしくなる。
そのあとぼくは泣きながら無言でその日の夕食を食べたことを覚えている。
お母さんはどんな気持ちだったのかな。
こんな子産まなければ良かった、って思ったかな。



中学3年生の卒業旅行。
直前になって麻疹にかかって行けれなくなったとき、ぼくはお母さんが台所で隠れて泣いたのを知ってる。
居間のこたつに入って転んでいたとき、すすり泣く声が聞こえてきたから。
すごく申し訳ない気持ちになったんだよ。
だって、ぼくのことすごく想ってくれてるんだ、って思ったから。



あと、これは最近だけど24歳のとき。一方的なカミングアウト。
ちょうどその頃、ぼくは1年間の海外生活から日本に帰ってきて、
海外でのゲイの認知度や、カミングアウト・レターという本を読んで、
それらに感化されて「自分もカミングアウトしよう、
多分この機会を逃したら一生ゲイであることを親に隠してしまいそう」と思った。
だから3日間ぐらいかけてお母さんに手紙をつくった。
どうやって渡そう、どうやって渡せば自然だろう、っていろいろ考えてみたけど、
結局いい考えは浮かんでこなかった。
手紙をつくってから少し時間が経って、ある日お母さんが出かける直前、
「これ読んで。」ってそっけなく渡したと思う。
「なにこれ?」って聞かれたと思うけど、「いいから、読んで」って。実は心臓バクバクでの状態で。

その夜、家に戻ってきたお母さんは何も言わなかった。いつものお母さんだった。
ぼくはどうしていいか分からず、ぼくもいつもの感じを取り繕った。
その数日後、「手紙のことだけど。なんとなくそう(あなたがゲイであると)思ってた。」と言われ、
ぼくは驚くと同時に、すごくほっとした。
いわゆる”肩の荷が下りた”状態。とてもとても重い荷物を一緒に持ってくれる人をつくることができた、って思った。
その後どれくらい同性愛の世界を理解しているのかはよく分からないけど、
ぼくのことを理解してくれていれば、ぼくには問題ではなかった。とっても心強かった。

でもあの日、もしかしたら泣いたのかな。
そう思うと、心が苦しいです。











今のぼくは宙ぶらりんな状態です。
ぼくが超頑固なこと知ってるから、黙ってるんだと思うけど、本当は不満がいっぱいあると思います。

だけど、やりたいことがあるから、できたらそのまま見てて欲しい。
ぼくだって、せっかくお母さんからもらった人生、全うさせたい。
不器用な自分なりにでも、納得できるものにしたいのです。
時間がかかるけど、
お母さんがどのくらい生きることができるのかも分からないけど、
まだ何も親孝行できてないけど、
好きな人も一度も紹介できてないけど、
どうかまだ生きていてください。
見届ける価値があるものにしたい。




25歳。こんな変てこな人間に育ってしまっているけど、ぼくは今の自分が結構好きで気に入ってます。
不細工だし、頑固だし、人と喋るの苦手だし、運動音痴だけど、
ゲイの友達もいて(こんな自分でも!)、好きな本をたくさん読んで、毎日美味しいものを食べることができて、
仕事に精を出せて、こんな毎日が本当に幸せだと思っています。

職場の人に「山ちゃんがこんな感じに育ったのは、お母さんの育て方が良かったんだね。」と
よく言われます。ちょっとぼくは、お母さんが誇らしくなります。

それに今のお母さんは仕事をして、家事もして、自分の時間なんてほとんど取れないのに、
文句も言わずご飯を毎日ちゃんとつくってくれているのは、ぼくはそれがとてもすごいことだと思う。

感謝してもし切れないのです。


ぼくはご存知のとおりゲイで結婚はできないけど、結婚するならやっぱりお母さんみたいな人がいいな。
そりゃ結構不機嫌な日もあるけど笑 それも人間っぽくて、ぼくは好き。





だから、
お母さんの子どもで良かった。








簡単に書いてしまったけど、そんな感じです。
文章や構成も下手でごめんなさい。まだまだ力不足だね。

それではまた。
大好きー。


ひろき

Vineとぼく 2013.05.06


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この頃、ツイッターでフォローしている
歌手のリトル・ブーツやダニエル・ベディングフィールドが
たまに動画を投稿していて知ることができたアプリケーションに
「Vine」というものがある。


このVineは簡単に言えば「動画投稿のみのSNS」みたいなもので、
たったの6秒間しか撮ることができない。
しかも撮り直しはできない。
そういうシンプルなところが逆にいいと思う。
だってぼくは、動画を他の人に見せたくてもYOUTUBEにアップしたりするのが
とっても面倒に感じてしまうから、こういう単純なものは非常にありがたい。
(そう思いませんか?)

6秒間連続したものも撮れれば、
ちょっとずつ一時停止と撮影を繰り返してパラパラ漫画みたいなものも作ることができるのも楽しい。




まだ日本ではそこまで浸透していないような印象を受けるこのアプリ。
(岡山の田舎だからそのように感じるのかな)
最近なんだか気になっていたので、アプリをダウンロードして実際に撮ってみた。(どうでもいいものを)



なんだかすごくあざとく仕上がった。不細工ですいません。これでも全力です。



海外で買った牛の置物を走らせてみた。わけが分からない。



こんな感じに気軽に動画を投稿できる。
楽しそうでしょ?


まだ新しいアプリなので、バグや動画再生にAndroidが対応していない(たぶん)など問題も多いみたいなのだけれど、
先日TwitterがVineを買収したそうで、これからにすごく期待できそうなのです。




伝えられる情報ってやっぱり

”文字<写真<映像”

だと思うので、twitter上で情報量が増すのは確実。

例えば、つくった料理。今まで撮っていたものをVineで撮れば
立ち昇る湯気までちゃんと伝えられる。
例えば、パノラマで撮っていた風景の写真をVineで撮れば
そのまま風の音まで伝えられる。
例えば、カラオケで歌っている姿をVineで撮れば
その場の雰囲気といっしょに下手か上手いかさえ分かってしまう。




「Vineを使うことで、当たり前にやりたかったことがやっとできる」というのがぼくの印象。




さらに言ってしまえば、出会い系アプリに非常に効果的だと思う。

今までプロフィール画像と自己紹介文を見て「あぁ、多分こんな人なのだろう」と
勝手に判断することしかできなかったけど、
Vineで撮った自己紹介ビデオみたいなのを載せたら、
その人の雰囲気がそのまま分かるから実際出会うときの安心感も違うだろうし、
載せる側としても、相手に自分を勘違いして欲しくないから、伝えやすい。
(実際ぼくも上にあるスパイスガールズを聴いている動画を載せてみた。果たして効果があるだろうか笑)

でも自分をごまかしたい人もいると思うので、そういう人には向いていなさそう。
情報量を絞って、性的な面だけを出している人もいるし。
あと個人的には自分の誇らしい陰部を載せる人は写真だけでも(クッ・・・!!!)となるので、
動画にまでするのはご遠慮願いたい。僕だけ?






なにはともあれ、このアプリのおかげで、久々にわくわくした。
これはipod touchを手に入れたときの気持ちに似ていて、
「時代は動いてるんだなぁ。」と直に感じることができたからだと思う。
動画サイトを介さなくてパーソナルな動画を簡単に撮ったり共有できることは、ほんとうに良いと思う。

まだまだぼくの周りでは知名度が低いので、
早く浸透していろんな人のものを見てみたいと思うこの頃なのです。


ではまた。

世羅日帰り旅行 2013.05.03


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父と休みが合ったので、いっしょに広島県にある世羅まで行ってきた。
上の写真は、福山パーキングで食べた尾道ラーメン。
シンプルな味わい。




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目的は芝桜。
花夢(かむ)の里というところにたどり着く。





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今年は花の植え替えをしたそうで、あまりこんもりしていなかった。
残念だったけど、それでも芝桜はキレイだった。
地に根を張る感じがすき。






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仕事柄芝桜を扱ったことがあるのだけど、1ポットだけじゃ芝桜の美しさは理解できないなぁ、と思った。
多くが集合してはじめて輝きを放つ花なんだと理解。





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美しい。





また、芝桜以外に菜の花を見ることができた。



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菜の花も単体じゃなくて、集合すると恐ろしいほどの輝きを放つ花だなぁ。



nanohanano2.jpg

天国みたいだった。
でもなんで菜の花を見ると天国を連想してしまうんだろう。




nanohanano3.jpg

芝桜よりも、こっちをメインに楽しんでしまった。




あと、いくらか蒲公英も咲いていた。

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毎年、たんぽぽの力強さみたいなものに感動する。




tanpopo2.jpg

編集したら、とてもいい感じに仕上がった。お気に入りの写真。



tanpopo3.jpg

白い綿のことを冠毛というそう。

子どものころ、よく吹いて遊んだことを思い出した。
(今思えば勝手にそんなことしてたんぽぽに申し訳ない笑)







その後、チューリップが見ごろだという情報を得、
車で40分くらいかけて世羅高原農場へ向かった。




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もうすごく整然に、見事に咲き誇っていた。





churip1.jpg

手入れが大変そうだと、無駄に心配。




churip2.jpg

すごい種類のチューリップがあり、驚いた。
こんなにもあるんだなぁ。




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花びらがおもしろい。



churip5.jpg

チューリップと風車があると一気に空間がオランダっぽくなる。





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やっぱりぼくは赤が好き。
大切な人にあげたら、想いがしっかり届きそうだから。





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チューリップで地上絵のようなものも作っていたりで、すごかった。
何本植えているんだろうか。






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そして、チューリップといっしょにラベンダーも植えられていた。
この色、ほんとうに好きだ。揺るがない誇り高い色。



rabendaa3.jpg
見事。




rabendaa2.jpg
ぷちぷちしていて、かわいかった。







そんなわけで、非常に楽しめた休日になった。
お父さんありがとう。



ではまた。


いちごジャムづくり・その2 2013.05.02


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もう先月のことになるけど、
記事を書く元気がなかったので、今頃。



今年2回目のいちごジャムをつくった。





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以前りんごジャムをつくって写真をツイッターに載せたところ、
岡山のカフェのマスターがそれを見てくださったみたいで、
「ラム酒を入れると香りが良くなって美味しいよ。」と
教えてくれたので事前にラム酒を探してみたのだが、なかなか近所のスーパーに置いてなくて、
結局お菓子に使うラム・エッセンスを購入。(アリなのかな?)


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ぼくは「幸の香」の光沢のある濃い赤色が大好きで、
見る度にキスしたくなる。
今回も安く手に入ったので、ジャムに使用した。





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つくっている途中、キッチンの中に広がるいちごの甘い香りにラムの香りが混ざり合って、
ぼくはなんだかそれだけで幸せになれた。とっても気持ちが良かった。




itigojam1.jpg

できたのが、こちら。やっぱり香りがいい。
たくさんイチゴを使ったらたっぷりできるかと思ったら、けっこう少なくて、
同僚のおばちゃんたちに配ってたらすぐなくなった。

いつもどこか行ったらお土産にお菓子とか買ってきてくれるから、おかえし。
返報性の原則ではないけれど、こうやって与え合う善意が世界中に広がれば平和なのになぁとよく思う。




itigojam2.jpg

「美味しかった。」と言ってくれるのがやっぱり嬉しいから、
これからもジャムをつくったら、みんなにあげようと思うのです。

ジャムひとつで誰かが少し幸せになるなら、こんなにいいことはないなぁ。





やまもとひろき
gay / produce worker / 27years old / Okayama / music / books / vegetables / fruit
(同性愛にご理解のない方は、閲覧をご遠慮ください)
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